REVIEW:RED FLOWER, THE WOMEN OF OKINAWA / 赤花 アカバナー、沖縄の女 by Mika Kobayashi(Photo Critic / Guest Researcher, National Museum of Modern Art, Tokyo)

原初的な強さをとらえた女性讃歌
Text:Mika Kobayashi(Photo Critic / Guest Researcher, National Museum of Modern Art, Tokyo)
テキスト:小林 美香(写真研究者 / 東京国立近代美術館客員研究員)

『赤花 アカバナー、沖縄の女』は、石川真生(1953~)が1975年から77年にかけてコザ市(現在の沖縄市)と金武町の黒人米兵専用バーでホステスとして働きながら、仲間の女性たちや米兵を撮影した写真を纏めた、デビュー写真集『熱き日々 in キャンプハンセン!!』(比嘉豊光との共著、あ〜まん出版、1982年) の収録作品を中心に、未発表の作品を含めたモノクロ写真80点で構成されている。

本書より以前に、展覧会「写真家 石川真生――沖縄を撮る」(アートフォーラムあざみ野、2013年)の開催と同時期に、長らく絶版になっていた『熱き日々 in キャンプハンセン !!』のうち、石川の撮った写真を再編、増補し、リニューアルした復刻版のようなかたちで『熱き日々 in オキナワ』(FOIL、2013年)が刊行されているが、本のサイズやページに余白を設けるレイアウトにより、オリジナルの写真集に具わる迫力が削がれていたことは否めない。今回の写真集は、撮影から40年を経たデビュー作の「復刊」というよりも、40年以上にわたって沖縄を撮り続けてきた石川真生の写真家としての原点とエネルギーを示すことに主眼を置いて編まれている。

写真集全体に漲るエネルギーは、ニューヨークに拠点を置き、SESSION PRESSの主宰者として企画、編集を行った須々田美和の手腕によるところが大きい。大判の判型で、カバーは鮮やかな赤いシルクスクリーンの網点で印刷され、表紙の女性のアフロヘアの髪型や顔立ちの立体感、正面を見つめる強い眼差しが見る者を惹きつける。写真を裁ち落とし、見開き全体でダイナミックに繰り広げられる写真のシークエンスは、その中にとらえられた人物たちを過去の時空の中にではなく、いまこの世界に生き、眼前に存在するかのように生き生きとした姿で立ち上がらせている。写真のシークエンスは、冒頭では女性にフォーカスしながら、バーのある地区や店内の様子、米兵との恋愛関係やセックス、浜辺で女性が戯れる様子、女性と黒人兵との間に生まれる子どもたち、と女性の体験する時間の流れを軸として展開する。



『赤花 アカバナー、沖縄の女』を、『熱き日々 in キャンプハンセン !!』と『熱き日々 in オキナワ』に照らし合わせながら見比べると、印象に強く残るのは、人物の肌の質感、とくに黒人男性の肌の弾力感を伝える印刷の精緻さ、力強さである。肌に対する鋭い感覚を具えた目線で写真を選び、編集することができたからこそ、撮影から40年を経て現在、世界中の読者に石川真生の作品の価値を問うに相応しい写真集に仕上がったと言える。また、このような肌の質感の描写によって、米兵相手のバーが黒人専用と白人専用に分れていたという、当時の米軍基地で根強く残っていた人種差別の実態、時代の空気感を写真集のページから感じ取ることができる。



石川が過去の写真集のタイトルを踏襲するのではなく、『赤花 アカバナー、沖縄の女』というタイトルをつけたことも示唆的である。赤花は沖縄で自生するハイビスカスの原種で、後生花、仏桑花の別名も持つことからも明らかなように、沖縄では死人の後生の幸福を願って墓地に植栽される習わしがあり、沖縄戦後は壕で生き埋めになって亡くなった人たちを慰霊するために、壕の入口に植えられたという。石川が写真にとらえた女性たちの姿は、沖縄の風土や歴史、魂を象徴する花に重ね合わせられることで、70年代後半という時代の刻印を濃厚に留めつつも、人々がその土地と歴史の中に生きるという普遍的なありようを表している。また、「沖縄の女」の中には、沖縄出身の女性だけではなく、ソウル・ミュージックなどのブラックカルチャーに惹かれ、黒人の恋人を追ってヤマト(日本本土)から沖縄に渡ってきた女性が含まれることは、沖縄返還(1972年)後の社会状況や、石川の個人史に照らし合わせても明記に値する。

石川が撮影を始めた1975年はヴェトナム戦争が終結を迎えた年であり、当時20代前半だった石川は、「アメリカ統治下の宙ぶらりんな沖縄で、高校までの多感な時期を過ごし」、幼少期に祖国復帰運動を見聞きし体験していても、遠く隔たった日本本土については、「“祖国日本”といわれてもピンと来なかった。」と語っている(石川の生い立ちについては、自叙伝的エッセイ『沖縄ソウル』(太田出版、2002年)に詳しい)。11・10ゼネスト(1971年11月10日に米軍基地存続と自衛隊の配備を認めた沖縄返還協定に反対するゼネスト)に参加したことを契機に「沖縄を撮る写真家になること」を決意した石川にとって、沖縄とアメリカ、日本本土との関係に対峙することは、彼女自身の中に刻み込まれた沖縄の歴史、アイデンティティの核心を見据えることにほかならず、その関係を見つめる出発点になったのが黒人米兵専用バーだったのだ。米兵の写真を撮るために、バーのホステスとして働き始めた石川は、ヤマトから移住してきた黒人を愛する女性たちに巡り会い、また自らも黒人を愛するようになり、世間からの蔑みや偏見の視線をはねつけ、開き直って人生を謳歌し楽しむホステス仲間の強さや美しさに惹かれ、彼女たちの写真を撮ることに夢中になっていく。バーや女性たちの暮らすアパートなどで撮影された写真は、一人一人の喜怒哀楽に充ちた豊かな表情をとらえており、とくに浜辺でパンツ一枚になって戯れる女性たちの弾けるような屈託のない笑顔をとらえた写真は、女性の原初的な強さをとらえた女性讃歌と呼ぶに相応しい。



このような、女性一人一人に肉薄する石川の姿勢は、黒人兵に対しても変わることはない。軍服を脱ぎ、私服を着てバーで寛ぎ、女性たちとの時間を楽しむ黒人達の姿をとらえた写真は、石川が彼らの男性としての魅力に惹かれ、彼らの友人や恋人のような近しい人として、その場の状況に反応するようにしてとらえたものであることを生き生きと伝えている。



石川が黒人兵に向き合う態度は、彼らを軍隊という組織の中に位置づけて判断するのではなく、あくまでも個人として名前を呼び合う関係に根ざしており、撮影された米兵の中には本国に戻った後も親しく交友を続けた人もいる。(その中の一人が、海兵隊員だった親友のマイロン・カーであり、石川は1986年に彼の元を訪ね、滞在中の写真をまとめた写真集『Life in Philly』(Gallery Out of Place / Zen Foto Gallery, 2010)を刊行している。)このように、一人一人の人に対峙し、対話する姿勢が、複雑な背景を持つ沖縄の基地問題に取り組み、『これが沖縄の米軍だ 基地の島に生きる人々』(國吉和夫との共著 高文研、1996年)、『FENCES, OKINAWA』(未來社、2010年)のような作品を生み出す原動力へと昇華されていったことも納得できる。

石川は現在、『大琉球写真絵巻』の制作に全身全霊を込めて取り組んでいる。沖縄の歴史のさまざまな局面を写真として表し、伝えるための壮大なプロジェクトが進められているいま、彼女の活動の原点である『赤花 アカバナー、沖縄の女』を契機として、今後世界中から評価が寄せられることを期待したい。


RED FLOWER, THE WOMEN OF OKINAWA / 赤花 アカバナー、沖縄の女
作家|石川真生(Mao Ishikawa)
仕様|ソフトカバー
ページ|112ページ
サイズ|229 x 330 mm
出版社|SESSION PRESS
発行部数|600部限定発行
発行年|2017年

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石川真生(Mao Ishikawa)
1953年、沖縄県・大宜味村(おおぎみそん)生まれ。1974年に写真家・東松照明のワークショップに参加し、本格的な撮影活動を始動する。一貫して沖縄を主題とし、1977年に「金武の女たち」の写真展を皮切りに、撮影の成果を常に出版物と展覧会として発表し続けている。2004年の横浜美術館での「ノンセクト・ラディカル 現代の写真III」の出品をはじめ、ニューヨークのPS.1や東京国立近代美術館、沖縄県立博物館・美術館の展覧会など発表の場を広げている。ライフ・ワークでもある「大琉球写真絵巻プロジェクト」は、歴史的な事象を再現しながら、琉球王国時代から現代に至るまでの壮大なスケールで構成されるこれまでにない形式の写真を展開している。


小林 美香(Mika Kobayashi)
写真研究者。国内外の各種学校/機関で写真に関するレクチャー、ワークショップ、展覧会を企画、雑誌に寄稿。2007~2008年にAsian Cultural Councilの招聘、およびPatterson Fellowとしてアメリカに滞在し、国際写真センター(ICP)およびサンフランシスコ近代美術館で日本の写真を紹介する展覧会/研究活動に従事。2010年より東京国立近代美術館客員研究員、2014年から東京工芸大学非常勤講師を務める。


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