REVIEW:ASTRES NOIRS by Robert Dunn(Writer / Photographer / Professor)

現代化されたモノクロ写真
Text:Robert Dunn(Writer / Photographer / Professor)
Translation:Yuka Katagiri
テキスト:ロバート・ダン(ライター / 写真家 / 教師)
翻訳:片桐由賀

今日のモノクロ写真にできることはなんだろう。もちろんいまでもフォトグラファーはフィルムを使って撮影し、現像し、プリントすることができる。40~50年前と変わらずに、ゲイリー・ウィノグランドやブルース・デビッドソンといった巨匠の真似事をすることもできる。しかし、本気でモノクロ写真を現代に蘇らせよう、現代化し、いまある全ての可能性を追求しようと思ったら、フォトグラファーは一体何をすればよいのだろうか。

2015年のNew York Art Book Fairで特別目を引いたのは『LDN EI』でアントニー・ケアンズがとったアプローチだった。Kindleをリサイクルしてハイコントラストのモノクロのイメージを表示させたこの「本」をクリックしていくと、写真を見ているというより、異なるトーンの配置に目を奪われる。私はKindle版の『LDN EI』を購入したが(現在も販売中)プリント版は買わなかった。Kindle版の方が、ずっと刺激的でピュアな体験を与えてくれるからである。

カトリン・コーニングとサルカー・プロティックの『Astres Noirs』は、モノクロ写真に実験性や新技術を取り入れた上で、もう一度フィジカルな昔ながらの本のフォーマットに落とし込んだ点が素晴らしく、実際の本という形でのみ成り立つ写真集の好例となっている。しかし『Astres Noirs』が非常に面白いのは、この本自体がモノクロ写真とはかけ離れた、全く別の何かであるということをどこかで意識しながら作られているところにある。



この本が意図するところは、本を開いて「全ての色は…黒の中に」という一節を読めば自ずからわかる。半袋とじのページの下に半ば隠されている単語が「消えていく」であろうことは明白で、文章を完成させると「全ての色は黒の中に消えていく」となる。この言葉こそ『Astres Noirs』の神髄であり、色という色を全て取り除いた写真からなる本であることを示している。私達は、いままでもそうしていたからという理由で白黒写真(より正確には「銀黒」写真であるが)という呼び方をするのだが、実のところ、この本が目指すところは、従来のモノクロ写真のそれとは似て非なるものだ。英語で「黒い星たち」というタイトルからもそれは一目瞭然である。この本の名前はブラックホールではない。光や形は消えてなくなるのではなく、神秘的に、おぼろげに、矛盾をはらみつつ、輝きを発しているのだ。



Astres Noirs』の企画、編集、出版を手掛けたパリのChose Communeのセシル・パンブフ・コイズミとヴァサンタ・ヨガナンタンは、Instagramで二人のフォトグラファーをフォローしていた。自分たちが気に入った彼らの作品に相通じるものを感じ、一冊の本にしたいと、Dropboxのアカウントひとつ分の写真を提供してもらうことを依頼した。

この本のフォトグラファーであるコーニングとプロティックは、スマホで写真を撮り続けてきた(おそらくカラーで撮ってから色を除去したものと思われる)。コーニングはオーストラリア、 プロティックはバングラデシュを拠点としている。彼らの写真の多くは、水たまりや馬、鳥などありふれたものを題材にしている。柔らかい光の塊、浮遊する体、飛行機の窓の向こうの光の破片、強い光で白くぼやけて判別できなくなっている顔など、中にはもっとミステリアスで、深い意味を持っていそうなものもある。

写真を撮るためには、撮影者が実際にどこかで何らかの機械を使う必要があることから、写真は表現芸術と定義されるが、私が素晴らしいと思うのはいつも、撮影者自身について全てを語らないような写真だ。写真が内包するこの不確かさは、この本の場合にも当てはまる。しかし、「写真」は元来「描写する」という意味を持つがゆえに、例えその内容が明確であってもそうでなくても、内容を語ることは取るに足らないことだといえよう。むしろ重要なのは、どうやって写真を私達のもとに届けようとしているのか、つまり作品がどのように構築されているのかということである。

この本自体は、標準的な6×9インチサイズで、黒い紙を使用している。各ページはふたつ折りになっていて、折り目はページ上部に配置され、綴じ目は本の中心になっており、ページの外側と下部は開いたままになっている。こうすることで各ページの厚みは二倍になるが、重要なのは二枚の紙の間に隠された空間が存在し、そっとめくれば見ることができるということである。この半分隠れたページの使い方が秀逸で、所々に写真が印刷されている。ふたつ折りのページを開けてみると、過渡的なイメージがちらりと見えることもあり、それが一種の和音を生み出している。



Astres Noirs』が他に類を見ないものになっている理由のひとつが、ベルギーのCassochromeが手掛けた印刷技術であり、黒い紙にシルバーのインクで印刷が施されている。その効果は、暗室でプリントしたモノクロ写真とは似ても似つかない。ここに表現されている光の力強さは、1993年にグラビア印刷されたブラッサイの『Paris de Nuit』の初版に匹敵するものがある。この本のページは本当に光り輝いているように見えるのだ。ぜひ図書館に行ってオリジナルを見てほしい。きっと目を疑うはずだ。



Astres Noirs』も同じく、ページに光が宿っているように感じられる。光の量が何よりも勝っているページもあるが、それもまたよい。この一冊ではクラシックな印刷の持つ繊細さや、無限に近いトーンの表現の幅が必要とされているが、Cassochromeはそれに完璧に応えている。もちろん、ページの中のイメージに純粋な輝きを与えたいというときにもだ。生き生きとした印刷は、見るものを飽きさせない。印刷された写真たちもまた、黒いページに光の点が散らばっているだけの写真でさえも、全体としての統一性を失っていない。この本は全体でひとつの作品であり、しっくりとしたまとまりを感じさせる。

よくできた写真集というのは、形式、テーマ、動き、楽器の音色、そして何より情熱的な演奏など、全ての要素が上手く調和している優れた音楽と同じくらい、人の心をつかんで離さないものでなくてはならない。

この一冊は、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲を思い起こさせる。ダークで激しく、ムーディーで力強い、ひとつの曲として存在感を放つ楽曲。『Astres Noirs』を生み出した4人の演者、息をそろえてこの写真集という名曲を美しく奏でることに成功した二人のフォトグラファーと二人の編集・出版者、それと、職人的な印刷会社にも大きな拍手を贈りたい。


ASTRES NOIRS
作家|カトリン・コーニング(Katrin Koenning) & サルカー・プロティック(Sarker Protick)
仕様|ハードカバー
ページ|168ページ
サイズ|160 x 220 mm
出版社|CHOSE COMMUNE
発行部数|1,500部限定発行
版数|第二版(セカンド・エディション)
発行年|2017年

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カトリン・コーニング(Katrin Koenning)
ドイツ、ルール地方生まれ。写真家。元The Australian PhotoJournalist誌編集。土地や自身の持ち物を主にモチーフとし、ありふれた日常や日々の移ろいに興味を置きながら、移民であるアイデンティティーを醸し出すような作風が特徴。ドイツ国内だけでなく国外でも積極的に活動し、New York Photo Festival、Noorderlicht、Delhi Photo Fest、FORMAT、HeadOn、Voies Offなど主にアート・フェスティバルでの展示で世界的に知られる。また、出版物では「HIJACKED 3 – AUSTRALIA / UK」、「The Guardian」、「The New York Times」「GUP Magazine」「Der Spiegel」をはじめとする数々の誌面を飾る。2012 JGS Award(フォワードシンキング・ミュージアム主催)受賞。オーストラリア、メルボルン在住。

サルカー・プロティック(Sarker Protick)
1986年、バングラディシュ生まれ。写真家。パッシャラ写真学校卒、同学講師。VII Photo Agencyメンバー。時間や場所をテーマとし、音や光を媒体とした作品に定着させている。 2014年、British Journal Of Photographyが毎年才能ある写真家に贈る「Ones to Watch」と世界報道写真ヨープスワート・マスタークラスに選出、翌2015年には作品『What Remains』で世界報道写真コンテスト受賞、PDN’s 30 2015にノミネートされる。また、ラトビア写真美術館やチョビメラ国際写真祭、ダッカ・アート・サミット、フォトケ・ビエンナーレ、ノーデリヒト・フォトフェスティバル、Grand Prix Fotofestiwal、Organ Vida国際フォトフェスティバル、Gibellina Photoroad、Paris Photoなど世界中で作品が展示される。


ロバート・ダン(Robert Dunn)
ライター、写真家、教師。主な小説に「Meet the Annas」や「Stations of the Cross」がある。彼の写真集「OWS」、「Angel Parade」、「Meeting Robert Frank」は、International Center of Photography(国際写真センター)の常設コレクションに含まれている(詳しくはこちらのリンクから)。2017年春より、NYのNew School Universityで「Writing the Photobook」というコースの教鞭を執る。


本記事は「Photobookstore.co.uk」およびレビュワーの許可を得た上で、2016年7月26日に公開された記事を翻訳・転載しています。
Read the original article in English on Photobookstore.co.uk, visit here.


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