REVIEW:ROXANE II by Yukihito Kono(Photographer)

写真家、ヴィヴィアン・サッセンの新境地
Text:Yukihito Kono(Photographer)
テキスト:河野 幸人(写真家)

ヴィヴィアン・サッセンは現在第一線で活躍する写真家たちの中でも、とりわけアイコニックなスタイルを持つ写真家である。ミステリアスと呼ぶにふさわしい彼女の写真が世に与えたインパクトは計り知れないし、私も初めて彼女の写真を見たときに抱いた印象と、視覚が拡張されるような感覚をよく覚えている。そして今日、周りを見渡せばヴィヴィアン・サッセン風の写真を撮影する写真家は溢れ返っている。彼女が次世代を切り開いた写真家であることは疑う余地がないだろう。

しかし、初見以降私がこの作家に抱いていた印象は「興味深い写真家」という枠に留まるものだった。というのもサッセンの写真はいつも「安心して」見ることが、いい換えるならば、いつも自分が期待するものをそのまま見ることができていたからだ。サッセンに限らず、特徴的なスタイルを持つ写真家は常にある種のジレンマに晒されている。スタイルを様式として、美学に落とし込むことで永らえるものもいるが、その多くは形骸化し、いつしかその様式それ自体に飲み込まれてしまう危険性を抱えている。だが先日出版されたサッセンの新作『ROXANE II』(oodee刊)は、そのような印象や危惧を一瞬で払拭するものであった。『ROXANE II』はヴィヴィアン・サッセンという作家像を更新する見事な一冊だ。



オランダ生まれのヴィヴィアン・サッセンは、現代写真の文脈に根ざしつつも、ミュウミュウやルイ・ヴィトンといったビッグメゾンのキャンペーンを手がけるなど、積極的にファッションや広告の分野でクリエーションを行う写真家である。アーネム王立芸術アカデミーにてファッションデザインを2年間学んだ後に写真を4年間専攻し、最終的にはファインアートを1年間専攻した。この経歴が現在の二つの分野、ファッションとアートをまたにかけるスタイルを形成している。人目をひく独自の色彩感覚と幾何学的、あるいはグラフィカルな特徴を併せ持つ彼女の写真は、ここ日本でも広く受け入れられている。

そんなサッセンは誌面や展示空間での作品発表だけでなく、多くの写真集も出版している。過去には現代最高のブックデザイナーとも評される「イルマ・ボーム」や、写真集デザイナーとして現在引っ張りだこの「-SYB-」と制作したものや、作品としての側面を強調するような実験的写真集も制作している。サッセンにとって写真集が単なるカタログではないということは、彼女が表現手段としての写真集というテーマで論文を書いたというエピソードからも伺える。*註1



では以上の文脈を踏まえた上で本書を開いてみよう。『ROXANE II』はそのタイトルが示すようにある作品の、以前同出版社から刊行された『ROXANE』の続編という位置付けである。これまでのサッセンらしいポージングや色彩も全面的に見られるが、前作には見られなかった「彩色」という要素が1ページ目から全面的に押し出されている。体に直接彩色したもの、その体を押し付けた痕跡、写真の上にペインティングを施したものなど、様々なバリエーションのペインテッド・フォトグラフスが反復される。この時点で、本作は前作の続編でもあるといいつつも、完全に新しい作品であるといえよう。そんな2冊を結びつけているのは作品タイトルにもなっている「ROXANE」だ。

ROXANE(ロクサーヌ)は前作に続き登場するモデルであり、ヴィヴィアン・サッセンの長年のミューズである。しかしサッセンとロクサーヌの関係を撮影者と被撮影者という、片側から一方に向かうものとして捉えるのは得策ではない。ロクサーヌはモデルとしてではなく、元来ファッションエディターとして、そしてスタイリストとして活動してきた人物である。そんな彼女が自らの表現の幅を広げるために選択したのが、アーティストとのコラボレーションによるモデリングという行為なのだ。しかしながら前作『ROXANE』においては依然として、ロクサーヌを被写体にしたファッションシューティングという印象が強く、彼女らが意図する形でのコラボレーションは完全には叶っていなかったように思われる。



それが今作では、それぞれが表現者として互いのエゴを激しくぶつけあっており、まさにコラボレーションと呼ぶにふさわしい仕上がりとなっている。ここで大きな役割を果たしているのが先ほども言及した彩色という要素だ。本作にはイヴ・クラインのパフォーマンス作品を想起させるような、染料を塗った体を紙に押し当てた作品が所々に収録されている。サッセンの過去の作品においても「身体性」は一つのキーワードであったが、これまではその「フォルム」により着目していたのに対し、本作では「行為を伴う身体」という点が強調されている。それらのペインティング作品は直接的な行為の痕跡であり、そこでの身体の不在はこれまでに以上に、あるいは幽霊的に、そこに写しだされていない身体の存在を示唆している。このフォルムからアクションへの移行が、「見る/見られる」、「撮る/撮られる」という構造を解体し、作品にかつてない躍動感を与えている。



しかしこのペインティングが示唆するのは身体的な、あるいはパフォーマンスの側面だけではない。ここで一度収録されている作品をパターンに分類してみる。A)ストレートに撮影された写真 B)体にペイントをした写真 C)ペイントした体を押し当てたペインティング作品 D)A~Cのプリント上にペインティングを施した写真。そもそも写真家が写真にペイントを施すこと自体は珍しいことではないが、ここではそれらのペインティングは例外なく最終的に写真に、もしくは本というメディアに還元されているという点に注目したい。

サッセンは自らをフォトグラファーではなくヴィジュアルアーティストと名乗っており、これまでにも映像を使用した作品やインスタレーション作品を制作している。そして本書で試みられていることは、それらの空間的表現とはある意味対極に位置づけられるだろう。ここではプリント、もしくは本という平面的で制限のあるメディアの特徴を受け入れた上で、新たな表現を行おうという作家の態度が伺える。先ほどのパターン分類からも分かるように、本作は実に多くのレイヤーを重ね合わせ、入れ子構造のような構成となっている。そして最終的なアウトプットの段階で、つまりそれらが全て「~の写真」に還元される限り、ペインティングのテクスチャーや絵の具の層は可視化されなくなる。レイヤーは統合され、平面化されるのだ。



それらの写真に加え、過去の作品にもみられたような遠近法を活かした、奥行きを感じさせるストレートな写真がところどころに挿入される。これらを混在させることでレイヤーはさらに複雑化する。彩色という要素を用いつつ、あくまで平面性を意識させる点や、入れ子構造の外枠に写真の平面性を用いる本作はまた、これまでのサッセンの作品中最も写真らしい作品といえるのではないだろうか。単にメディウムのマテリアリティーに言及し、写真のための写真というようなアブストラクションに向かうのではなく、また本という形態の物質性を過剰に強調するわけでもなく、メディアのもつ制限と向き合った上で新たな表現を模索した作家の姿勢は評価されるべきだろうし、本作は今後の写真家たちの指標の一つにもなりうるだろう。

そして本作における3人目のコラボレーター、インディペンデント出版社「oodee」(オーディー)の存在も忘れてはいけない。これまで『ROXANE』シリーズの他にも2冊のヴィヴィアン・サッセンの作品集を出版しているoodeeだが、今作はシンプルながらoodee史上最もしっかりとした作りの(語弊があるかもしれないが)一冊である。続編ということもあり、前作と同じ判型で出版することもできたであろう。事実、oodeeはボックスセットや判型を揃えたシリーズ作を過去に制作している。しかし今回は続編であるにもかかわらず前作『ROXANE』より一回り大きく、今まで制作しなかったような大きな判型で出版された。結果的にこの本は1冊の本として、1つの作品として高い完成度を誇っている。その英断にも拍手を送りたい。


註1. the guardian. Fashion photographer Viviane Sassen: a different take by Sean O’Hagan; 2013 (accessed on 30 July 2017)
https://www.theguardian.com/fashion/2013/oct/12/fashion-photographer-viviane-sassen

ROXANE II
作家|ヴィヴィアン・サッセン(Viviane Sassen) 
仕様|ハードカバー
ページ|152ページ
サイズ|245 x 330 mm
出版社|OODEE
発行部数|1,000部限定発行
発行年|2017年

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ヴィヴィアン・サッセン(Viviane Sassen)
1972年アムステルダム生まれ。幼少時を南アフリカで過ごし、現在アムステルダム在住。ユトレヒト芸術大学、及びアトリエ・アーネムにてファッションデザインと写真を学び、卒業後ファッションフォトグラファーとして活動し始める。雑誌『Purple』『Dazed & Confused』などのファッションシューティング、ミュウミュウ、ルイ・ヴィトンなどのキャンペーンも手がける一方で、作家としても高い評価を得る。アフリカを縦横断して撮った作品集『Flamboya』が数々の賞を得た。2012年、アムステルダムのマルセイユ写真美術館で17年間に渡る自らのファッション写真をまとめた回顧展「In & Out of Fashion」を開催し、その後同展覧会は仏アルル写真祭を始めとしてスコットランド、フランクフルト、ウィンターツールなどを巡回。またシカゴ写真美術館、The Photographers’ Gallery(ロンドン)、第55回ヴェニス・ビエンナーレ内メイン・エキシビジョンなど世界中で個展を開催。2011年にはニューヨーク、国際写真センターの「Infinity Award」を受賞。2015年には展覧会「Umbra」がドイツ・ボーズ賞にノミネートされた。また『Flamboya』『Parasomnia』などの写真集が数々の賞を受賞。

河野幸人(Yukihito Kono)
1989年、金沢市生まれ。2011年に渡英し、London College of Communicationにて写真を学ぶ。多数の作品を本の形態で発表し、2014年に発表した作品『Raster』は、アメリカの写真専門ギャラリー「Photo-eye」の主宰する年間ベストブックリストの1冊に選出される。写真家としての活動の傍ら、各国のアートブックフェアへの参加や執筆活動を行うなど、写真集というメディアを軸に多岐に渡り活動を行う。2017年には自身のアトリエ兼ブックショップアンドギャラリーのIACKを金沢にオープン。


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