CONVERSATION:François Halard(Photographer)x Taka Kawachi(Overseas Division Director, Benrido)



対談 フランソワ・アラール × 河内タカ
作家のバイオグラフィーを浮かび上がらせるアトリエの風景

Translate:Kenichi Eguchi
Photo:Mari Kojima
Support:French Embassy / Institut français du Japon
Text:Yumiko Kobayashi
通訳:江口研一
写真:小嶋真理
協力:フランス大使館 / アンスティチュ・フランセ日本
構成:小林祐美子

今春Bunkamuraザ・ミュージアムで開催された「ニューヨークが生んだ伝説 写真家 ソール・ライター展」で総計8万人という記録的な来場者数を動員したアメリカ人画家、写真家のソール・ライター。2013年にライターが死去してから2年後、フランス人フォトグラファーのフランソワ・アラール(François Halard)はライターのアパートメントを撮影し、その作品をまとめた写真集『SAUL LEITER』が2017年秋にLIBRARYMANより刊行された。その刊行を記念して、河内タカをゲストに迎え、刊行された写真集にまつわる話から数々のアトリエや部屋を撮影してきたフランソワにサイ・トゥオンブリールイジ・ギッリといったアーティストとの思い出や、その撮影プロセスについて訊く。

*2017年10月8日に「TOKYO ART BOOK FAIR 2017」で開催された『SAUL LEITER刊行記念トークイベントから抜粋して掲載しています。


河内タカ(以下“TK”)どういったきっかけでソール・ライターの住んでいた部屋を撮ることになったのでしょうか?

フランソワ・アラール(以下“FH”)友人がニューヨークのイースト・10thストリートにあるソール・ライターのアパートを買って、そこで写真を撮ったらどうかといわれたのです。私がソールの写真をイメージしたときにまず浮かんだのが雪の情景、冬、ニューヨークの光でした。2015年の冬に彼のアパートを撮りに行ったとき、偶然にもその日は冬で雪が降っていて、部屋はニューヨークの光に満ちていました。彼がこの家を撮ったらどうなるだろうと想像しながら撮影しました。

TK 生前に会われたことは?

FH 会う予定だったのですが、会うことはできませんでした。

TK 2006年にSteidlから写真集『EARLY COLOR』が出るまで、ソールは日本では存在すら知られていなかったのです。ソールの写真は知っていましたか?

FH もちろん。20代のとき、Jane Livingstonの『THE NEW YORK SCHOOL: PHOTOGRAPHS, 1936-1963』という本で知りました。作家の場所と記憶を留めようという意識が強くあるので、撮影するときは基本的にセッティングするわけではなく、何も変えないようにしています。



2017年10月8日に「TOKYO ART BOOK FAIR 2017」で開催された「SAUL LEITER」刊行記念トークイベントより © Mari Kojima

 

TK それはわかります。ほかのシリーズを見てもセットした感じがなく、すごく自然に撮っている。まさにこの『SAUL LEITER』を見ると、ソール本人がいないだけで、そこには彼の生きた証拠がいろいろなところで残っています。最初にアパートに入ったときどういう印象を持ちましたか?

FH まず最初に窓に目が行きました。そこで気付いたのが、ソールが写真家だけでなく絵描きでもあったということです。



Saul Leiter © François Halard

 

TK この本を見ると、写真家というより絵描きとしての痕跡の方が多いように見えました。このイーストビレッジのアパートは、そんなに大きくないんですよね。この建物は100年以上経っているんじゃないでしょうか?

FH そうですね。1870~1860年くらいの建物でしょうか。

TK この見開きページがすごく好きです。ソールの作品が額に入っていて、そのモチーフの椅子を次のページで撮ってますね。



François Halard『SAUL LEITER』(LIBRARYMAN, 2017)

 

FH パーソナルな方法で作家の有り様を伝えようと思うので、作品の中でどう使っていたか、という視点を入れようと思っています。

TK フランソワの写真はとても温かみのある質感が特徴的だと思います。また、数機のカメラがさりげなく置いてあったりして、こういうのは写真家として絶対撮りたいんじゃないでしょうか?



François Halard『SAUL LEITER』(LIBRARYMAN, 2017)

 

FH その通りです。このキャビネットの後ろ側に、20ほど別のカメラがありました。さまざまなカメラを使いわけていたようです。

TK アーティストのアトリエを撮るとき、その人のことを調べてから行くのでしょうか?例えば、ソールに影響を与えたフランスのナビ派の作家の本が写っていますが、あらかじめ調べているからこういうものを撮れるのでしょうか?

FH あまりリサーチは行いません。その作品を初めて見たときの印象や、感覚、感情を大事にしています。ソールは本に直接ドローイングを描く事もしていました。好きなものの上に自分のマークを残していく感じですね。彼の水彩はとても好きです。

TK ソールは自分の写真にも絵を描いてましたよね。

FH 作家後期に、初期の写真に絵を描くということをやっていました。

TK Steidlから出る予定の『IN MY ROOM』というライターのヌードの作品が、出版の準備のためか、たくさん部屋に出ているのが写真集の中にも写っていましたね。

FH ヌードの作品はすべてこのアパートの中で撮られていました。空っぽのアパートですが、壁はそのままですし、随所に彼がいた存在の痕跡が残っているのを意識していただけると思います。



2017年10月8日に「TOKYO ART BOOK FAIR 2017」で開催された「SAUL LEITER」刊行記念トークイベントより © Mari Kojima

 

TK 21歳のときにデヴィッド・ホックニーを撮ったのが一番最初の仕事だったそうですね。そのときのギャラでサイ・トゥオンブリーのリトグラフを買ったと聞いて感動しました。

FH そうですね。彼の作品はずっと追いかけています。

TK トゥオンブリーはインタビュー嫌いで有名なので、まさか家を撮っている人がいると思わず驚きました。彼は絵描きであり、彫刻も作り、そして写真も撮っていましたね。

FH 彼は「私は待ちます」といっていました。絵描きとして認知されるには50歳まで、彫刻家としては60歳まで、そして写真家としては70歳で認知されればいいと。それだけ忍耐強い人だったんですね。



Cy Twombly © François Halard

 

TK やはり噂どおりミステリアスな人でしたか?

FH とてもミステリアスな人でしたね。この写真はロンドンのテート・モダンで大きな展覧会があったとき、代表するポートレートとして選ばれました。数少ない、もしかしたら唯一のトゥオンブリーが笑っている写真です。

TK 自分の展覧会のチラシをスタジオに普通に置いているカットを見て、嬉しくなりました。これはいつ、どこで撮られたものですか?

FH NY MoMAで行われた一番大きな回顧展のためにイタリアのガエータという街にあったスタジオで撮った写真です。


Cy Twombly © François Halard

 

TK 撮影のとき、トゥオンブリーは協力的でしたか?

FH まず最初に到着しておかしかったのは、彼から「写真を撮られたくない」といわれたのです。えっと思いましたが、私は本当に会いたかっただけだったので、撮られたくないならしょうがないと、「ランチにでも行きましょう、私はそれで構いません」といいました。その後、自分がどれだけ彼から影響を受けてきたかを話して、自分の家も、彼の作品の中の家に近いものを感じたから買ったのだと話しました。すると、「好きにやっていいよ」といってくれたので、ランチのあと撮影をしました。



Cy Twombly © François Halard

 

TK スタジオにはイスラム様式のタイルやアジア的なものなど、いろいろなものが混在しています。フランソワの写真からは、それらのパターンや質感がトゥオンブリーの絵に影響していることが伝わってきました。

FH アーティストの家は、その人のバイオグラフィーとして一番適していると思います。周りに好んで置いているものが、彼自身を表しているのでしょうね。



Luigi Ghirri © François Halard

 

TK イタリアのボローニャに住んでいた写真家、ルイジ・ギッリの話も聞かせてください。

FH 彼の作品が好きだったので彼と同じプリントラボを使いたいと思い、そこでギッリの奥さんと会いました。そしてルイジ・ギッリを敬愛していて、写真を撮りたいと伝えると承諾してくれたんです。

TK ギッリの写真作品にはある特有の親密性がありますが、それはフランソワの写真にもいえることだと思います。

FH 好きな作家の作品を撮ると、そういうところも共通してくると思います。ギッリがクラシックレコードから受けた影響が部屋のそこかしこに表れていますが、どういう写真を撮るか決められているわけではなく、依頼されたものでもない。自分で見つけて、考え、決めていく必要があります



Luigi Ghirri © François Halard

 

TK この写真一枚からも、ルイジ・ギッリが愛聴していたモーツァルトやバッハを想起し、さらに生きていたときの彼の姿を想像します。フランソワがこのような形で、25年前に亡くなった作家の人となりを伝えてくれるのはとても貴重なことだと思いますけどね。

FH このアトリエは残念ながら、数年前に燃えてしまったのです。

TK え、そうなんですか!ということはもう写真でしか残っていないんですね。個人的な記憶が反映され、綺麗すぎないところが、インテリア雑誌とは確実に異なるところです。



Luigi Ghirri © François Halard

 

FH インテリア雑誌に使われることはおそらくないでしょうね。彼が地図とボブ・ディランが好きということを知っていたので、この構図にしました。自分が彼の作品を知っているが故にできたことだと思います



Luigi Ghirri © François Halard

 

TK そもそも、なぜアーティストの家やアトリエを撮るのが好きなのでしょうか。

FH とてもシンプルです。14歳の頃から自分の部屋の写真を撮っていて、その親密な空間に慣れていました。部屋が外側の世界を反映し、写し取るものであるということを知って、それをやり続けてきたということです。そこから自然な形で、自分が好きな人の部屋も撮るようになりました。その人が存在していた時の感覚を感じることができるという理由でインテリアが好きなんです。

TK 日本では京都の桂離宮に最初に行きたいと伺いましたが、日本で撮りたい場所などありますか?

FH これまでやってきた仕事を、日本人のアーティストのアトリエでもやってみたいと思っています。桂離宮に関しては、両親が桂離宮の本を持っていて、11歳の頃からずっと見ながら行きたいと思っていました。いま55歳なので、実に45年ほど待っていたことになります。でも、本当に欲しいものがあれば、忍耐強く待つしかないわけです。

TK トゥオンブリーにいたっては15年間待ちましたしね。

FH その通りですね(笑)。



2017年10月8日に「TOKYO ART BOOK FAIR 2017」で開催された「SAUL LEITER」刊行記念トークイベントより © Mari Kojima




SAUL LEITER
作家|フランソワ・アラール(François Halard)
仕様|ハードカバー
ページ|64ページ
サイズ|235 x 285 mm
出版社|LIBRARYMAN
発行年|2017年

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フランソワ・アラール(François Halard)
1961年フランス生まれ。ロバート・ラウシェンバーグ、サイ・トゥオンブリー、ルイーズ・ブルジョワから、近年ではルイジ・ギッリやリチャード・アヴェドン、ジョン・リチャードソンといったアーティストの自宅や有名建築など、自らをインスパイアさせる場所を撮影している。アメリカ版ヴォーグやヴァニティ・フェア、ニューヨーク・タイムズ、AD(Architectural Digest) やアパルタメント・マガジンなどで活躍し、世界で最も卓越した建築写真家の一人と評価されている。建物の歴史、インテリアや展示空間の小さなディテール、光と影によって作られる雰囲気、ポートレイトを撮っている最中のアーティストのふとした眼差しなどを捉えた作品は、多くの写真集や世界中のギャラリーや美術館の展覧会などで展開されている。http://francoishalard.com

河内タカ(Taka Kawachi)
高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し、展覧会のキュレーションや写真集の編集を数多く手がけ2011年に帰国。アマナの写真コレクションのディレクターに就任。2016年には自身の体験を通したアートや写真のことを綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行した。現在は京都便利堂において写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した業務に携わっている。


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